「君のことは忘れない」
職業柄(学習教室)、西牧氏同様多くの子供達と接しているが、独身という事もあって?女の子が大好きである。
(女の兄弟が無く、妹が欲しかったという理由もあるが)
妹や恋人、最近では娘のように思っている。(想っている訳ではない。思っているだけ?である。)その中から、二人ほど紹介しよう。(え?そういう企画じゃないって?まあまあ、続きをお読みあれ。)
まずは、三つ下の弟を持つ、しっかり者のお姉ちゃんである「ようこ」ちゃん。(西牧vさんと同じ字だが、残念?ながら別人)
彼女が入ってきた時、当然初対面にもかかわらず。「ビビーン」と電気ショックが走ったような気がした。初めての経験だったが、これを一目惚れというのだろうか...
わたしの祖母や叔母達に、とこか容貌が似ていて他人とは思えなかった事と、小学四年生ながら、一人で入会申し込みに来たしっかり者だったのが印象に残っている。
彼女が来ていた教室が木曜日に授業があり、その当時は、藤子不二雄原作の「21エモン」のアニメが放映されていた。その主題歌が「21世紀の恋人」(谷村有美)であった。
「もうわたし 迷わないわ あなただけ 見つめてる...」
今の、関さんの心境を歌ったような?歌詞である。まあ、授業中に彼女だけを見つめている訳にもいかなかったが...
彼女の弟の名前を今年の高校野球の某校のメンバー表で発見する。元気であれば、彼女も二十歳を越えた頃であろうか?
もう一人の子は、すでにこの世の人ではない。あの震災で、未来を奪われたのである。17歳であった。
彼女もまた、頑張り屋さんで、中学三年までそろばんを続け、惜しくも1級は取れなかったものの、2級まで取得した(この時代に)のである。
高校二年生だった彼女は、卒業したら絵の勉強をしたいと、芸大を目指していたとか...
ひょっとしたらコンプレックスがあったのか、写真を撮られるのがあまり好きでなかった彼女は、写真もあまり良いのが残っていない。全壊した自宅からは、あまり掘り出せなかったそうである。うちには、1級受験時の申込書に貼ってある証明写真が1枚残っている。
彼女の名前を、新聞の犠牲者の欄で見つけたとき、思わず我が目を疑った。すでに卒業していたとはいえ、わたしにとっては秘蔵っ子とでもいうべき存在の子だったからである。
授業どころではなかった当時、生徒の安否確認に走り回っていたので、ついでに彼女の自宅にも寄ってみた。古い木造家屋だったので、見事に粉々だった。後から聞いた話では、収容されたのが、母の勤務している病院で、隣にはわたしの高校時代の友人も安置されていたそうである。
遺族は市立体育館に避難していたため、遺骨はお寺に預けてあった。初めて遺骨に対面したとき、涙がどっとあふれてきた。それ以来、震災のあった火曜日の前夜(丁度月曜日の授業がお寺の近くの教室だったので)、お参りに行くのが日課になった。
宝塚市合同慰霊祭が、今は無き市民会館で行われたときは、皇太子殿下が来られるというので、市民はなかなか中に入れず、敷地の外の歩道で手を合わせた。涙が止まらなかった。
彼女のような真面目な良い子が、どうしてこんな若さで死ななければいけなかったのか。そんな理不尽な世の中なら、生きていても仕方がない、と当時本気で後を追うことを考えた。一瞬だったが。やはり、残された我々がするべき事は、そんな事じゃないと、思い返したのである。
当時流行っていた訳ではないが、高橋由美子作詞で「A Song For You」という曲がある。とてもアイドルが作ったとは思えない詩である。
「私が いま いなくなっても 時は 刻まれてゆく
あなたが 生きているかぎり
私は あなたの こころの中に 生きているから...」
この歌にどれほど励まされてきたことか。
身近に、大切な人を亡くした経験があるように思えてならない。そういえば、中島みゆきの「時代」も、父を亡くした体験から出来た歌であると聞いたことがある。
「青くすきとおった空をみた日には 少しだけ思い出してね..」
君のことは、生涯忘れない...