「タダタケは嫌い」
ゴトチンから指名を受けた西牧です。
「なんでタダタケやから僕やねん...」と、正直なところ思っています。
何にも知らない人たちにまずは”タダタケ”の説明をしておく必要があります。高校時代から合唱をしていた僕は、大学に入ったら別のクラブに入ろうと思っていました。ところが入学が決まったとたん、どこから聞きつけたのかグリークラブの人から電話があり、練習を見に行ったらすでに自動登録になってしまっていました。どこかの合唱団と同じシステムだったわけです。
そこで歌われていたのが、”タダタケ”こと多田武彦先生作曲の「雪と花火」という作品で、印象は「なんだかつまんない曲だなぁ」でした。その第一印象は何年経ってもかわらず今でもそう思っています。”体制”とか”権威”とかが嫌いな僕は、大学のグリークラブのコンサートのプログラムには必ずといっていいほど多田作品が登場することを知って、「それなら意地でも多田作品をしない」ということをポリシーにして大学時代を過ごしました。卒業して指揮を依頼されて「どうしても多田作品を」と言われた時もありましたが、そんな時「多田作品をしたいのならどうして僕に頼むんだろう...」と思いながら、プログラムノートには
「僕が多田作品の嫌いなところは日本的な音律でもないのに妙に日本的であろうとするところ...(中略)...過去の時代のモニュメントとしてただ作品を取り上げることも無意味ではないように思う..」なんて多田ファンが聞いたら怒り出しそうなことを書きました。
まあそんなわけで、好き嫌いは個人レヴェルの話ですから、他人がとやかく言うことではないのですが...。僕は”タダタケ”が嫌いです。
前置きが長くなりましたが”これを聴けば思い出す”ですねぇ...。
太田裕美「木綿のハンカチーフ」
ボイスフィールドを作ったころはまだ僕もメンバーもほとんどが大学生か社会人になりたてで練習を終わってからいそいそと急いで家に帰る必要もありませんでした。毎週20人くらいでロイヤルホスト(国道2号線、宮川交差点の)に行き、11時過ぎくらいまでそこにいた後、暇を持て余していた男共数人で深夜のドライブ。その範囲は兵庫、大阪、京都におよび、明け方まで遊びまわっていました。その時のメンバーはNHKで番組制作に携わっているYや、ウィーン在住で国連勤務のG、アメリカ勤務から帰国した商社マンのAなど、偉くなってしまった人たちが多いのですが、その悪友たちと久しぶりに会うと、今でも深夜のドライブをしようということになります。
そのドライブの時にカーステレオでかかっていた音楽はというと、他のものもあったはずなのになぜか「木綿のハンカチーフ」を思い出します。
昔からボイはあまり会議なんてしなかったし、ロイヤルホストで”うだうだ”したり、深夜ドライブの中で何気なくしていた話の中から未来への夢が生まれたりしてきました。思えば時間に追われることもない、いい時代だったと思います。
「シェナンドー」(James Erb編曲)
「ショートケーキ」(湯山昭)
「交響曲第5番4楽章」(G.Malah)
「アロハオエ」(青島広志編曲)
「ほほえみ」(DIVA・谷川俊太郎/谷川賢作)
僕はだいたいがテンポのある明るい作品が好きなのだけれど、”思い出す..”となるとこれらのゆったりした曲になってしまいます。1988年親父が亡くなって10日後にあった、第11回定演のアンコールで演奏したのが「アロハオエ」でした。「シェナンドー」は昨年追悼演奏会を開いた加藤敏江さんのことを思い出してしまうし、今わかったのだけれど、これらの曲はあまりいいことを思い出すのではないけれど、どれも長調なんですね。
歌付きの音楽を何気なく聴いている時、聴き方に二種類あるようで、一つは音を聞く人、もう一つは歌詞を聞く人。僕は明らかに前者です。しかし、こうしたゆっくりした曲の場合、歌詞が”耳についてしまう”ことも時々あります。最近聴いたものの中で妙に印象に残っているのが谷川俊太郎さんが詩を作り、その息子の谷川賢作さんが曲をつけて、彼自身も入っているDIVAというグループが歌っている「ほほえみ」です。あまりに残酷な詩なので印象に残ってしまいました。
ほほえむことができないから
青空は雲を浮かべる
ほほえむことができないから
木は風にそよぐ
ほほえむことができないから
犬は尾をふり だが人は
ほほえむことができるのに
時としてほほえみを忘れ
ほほえむことができるから
ほほえみで人をあざむく
ヘンデル「メサイア」より「ハレルヤ」 通俗名曲ですねぇ。
ボイや宝塚少年少女を長くやっているおかげで、いろいろなところから指揮の依頼があります。最初にもらった仕事は宝塚ベガホールで毎年やっている、「ベガ・メサイア」の合唱指導で、もう十数年になります。ご存知のとおり「メサイア」は3部に分かれていて、その第2部、「受難」の部分の最後の曲が有名な「ハレルヤ」ですが、ベガ・メサイアでも「ハレルヤ」になるとダブリンでの初演の時のようにお客様の何人かが起立して聴いてくださいます。こちらも気分が乗ってきて演奏者のエネルギーが大きなうねりとなり、聴衆の期待もそうさせるのか、感動の渦となります。なぜかこの曲になると、僕はその一年あったいろいろなことを思い出してしまって、涙がこぼれそうになります。嬉しかったことよりむしろ辛かったことのほうが多いなぁ..最近は。でも、こうやって好きな音楽ができることに心から感謝して、信者でもないのに「神様ありがとう!来年もいい年ですように!!」って言ってしまいます。