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指揮者、ドイツへ飛ぶ! ……西牧潤氏の珍道中

(「Voice of ぼいす」第12号より)
西牧 潤


8月28日(水)

 関空発13時55分ほぼ定刻どおりLH740便はフランクフルトへ向けて出発。この時は母と二人。Vは仕事で一日遅れの出発。ラッキーなことにエコノミーがいっぱいとかで、ビジネスクラスにアップグレードしてもらった。なぜか、前回のドイツ行きのときもそうだった。フランクフルトには午後7時頃到着。そのまま、駅前のホテルにチェックイン。この日は母とマイン河のあたりを夜の散歩。そして就寝。

8月29日(木)

 今日の目的地はミュンヘン。ここでVと合流する予定。その途中、ハイデルベルクへ寄って、城やもと学生牢のあったあたりを見た。ここは前回も来たので、案内は簡単。ただ、ミュンヘンへいく列車がさんざん遅れたあげく、途中の駅で運転取りやめ。ミュンヘン着は大幅に遅れてしまった。Vとはホテルで合流。

8月30日(金)

 ニュルンベルクへ行く。特急で2時間ほどの距離。ニュルンベルクはいろいろ見所はあるのだけれど、とりあえず、駅前の職人広場を見た後、ここの目的の一つ、交通博物館と鉄道模型屋へ直行。ドイツの鉄道模型屋はそのスケールは日本の比ではないが、ちょっと高いな…と思って、あまり買わなかった。その後、城や教会を見てここの名物の親指大のソーセージを食う。これは美味。雨が降ってきたこともあり、ミュンヘンへ帰る。

8月31日(土)

 毎日午前11時に動く市役所のからくり人形を見た後、土曜日は2時頃に店が閉まるので、この日はミュンヘンで買い物。もちろん楽譜屋、鉄模屋へも行った。ここはニュルンベルクより安い! 後の支払いのことは考えずカードで買い占める。雨の中、州立博物館へ。なぜかこの旅行は雨にたたられる。夜はドイツ劇場でレハールの「メリーウイドゥ」を見る。なかなかのレベル。

9月1日(日)

 この日も雨。有名なノイシュバンシュタイン城を見に、フュッセンヘ。雨のノイシュバンシュタインもなかなかオツなもの。そのまま帰るのが観光ルートだが、それでは面白くないので、バスで山向こうのオーバーアマガウまで行って、そこから鉄道で帰ることにする。オーバーアマガウはフレスコ画の有名な街。木組みの家ではなく、壁に宗教的なフレスコ画の書かれた家々が点在する、美しい街だった。街のレストランで食事をした後ミュンヘンへ戻る。

9月2日(月)

 荷物を持ってザルツブルグへ。この日も雨。ザルツブルグの街を散策した後、バスに1時間半ゆられて今日の目的地、ザンクトヴォルフガングへ。オペレッタ「白馬亭にて」の舞台となった、そのものズバリの白馬亭(イム ヴァイセンレッスル)へ。湖畔にあるすてきなホテルだった。ここはおすすめ。

9月3日(火)

 一向に天気が良くならないが、バスで温泉町バードイシュールへ。気に入ったジャケットがあったので、一着買った。小さな街なので、すぐ見終わって、そこから汽車に乗って湖畔の小さな街へ。ほんまに何にもない街で、少し歩いてレストランを見つけたのでここで食事。湖でとれた魚の味は絶品。

9月4日(水)

 やや天気が良くなったので、サウンドオブミュージックにも出てくる、SLが客車を押して山を登る、シャフベルク鉄道で、1700メートルの山頂へ。ガスがかかってよく景色が見えないが、途中の風景はなかなかのもの。山をおりて、今度は船で湖横断。ザンクトギルゲンへ。ここも美しい街。買い物をしたり、ケーキを食ったり、贅沢な時間を過ごす。ザンクトヴォルフガングへ戻った後、夜8時から街の広場で街の吹奏楽団がコンサート。これははっきり言って日本の中学生の方がうまい。その後、10時からホテルでソプラノ、バリトンとアンサンブルで、ミニコンサート。これもレベルはいまいち。「雰囲気のもんかな…」といいながら寝る。

9月5日(木)

 母が帰国する日。ザルツブルグ空港へホテルの車で送ってもらったあと、飛行機でフランクフルトへ。母はこのまま帰国して、私の添乗員としての役目は終わる。搭乗ゲートまで案内して、ほっとしたのだろうか、ここで第一の事件発生!! 何と、パスポートを落としてしまった!!!!うろたえる神々…ではなく西牧潤。もちろんこんなことははじめて。パスポートコントロールのところで、係りの人に何て説明したのか、自分でも一向に記憶がない。ただ、休憩中らしい人たちがげらげら笑いながら「ベトナム人の女のならあるよ!」と言っていたのだけは覚えている。こうなったらここで待つしかない…と思っていたら、放送があって、「ミスターニシマキ、インフォメーションへ来い」とのこと。やはりドイツ人は優しい。誰かが届けてくれたのだ。ほっとして、今度はVと二人でベルリンへ。特急で5時間。ベルリン到着後、ベルリンフィルの本拠地、フィルハーモニーでドイチェ・ユンゲオーケストラ(たぶん大学生くらいの若いオケ)を聞く。ラベルのピアノコンチェルト、ストラビンスキーの「火の鳥」といったフランスプロ。そこそこのレベルだが、客席はガラガラ。

9月6日(金)

 ベルリンも雨。青島さんと以前行ったことのある楽譜屋で物色。児童合唱の楽譜を見るだけで1時間以上かかった。夜行列車でケルンへ行くので、それまで壁博物館で時間をつぶす。7年前まで、この街には行けないところがあり、そこへ行こうとした人々が生死をかけて挑んでいた様子がありありと解る。日本では考えられないことだ。この日に乗った夜行列車は最高。2人で180 DM (13000円ほど)の追加料金でウエルカムフルーツやドリンクそしてトイレ、シャワーおまけにバイキングの朝食までついている2人用個室寝台車。ちょっと狭いけどへたなホテルに泊まるより安い。

9月7日(土)

 ケルンはいい天気。西河夫妻も見た、駅前のドームを見た後、またまた楽譜屋へ。ケーキを食って街を歩いた後、ライン河に沿ってフランクフルトへ。ローレライの岩を見ながら2時間ほどでフランクフルト。ここで、Vは帰国。これからは待望の一人旅だ。またベルリンへ戻る。一人旅とは言っても、ここで中学校時代からの友人夫婦と合流する…予定だった。ここで第2の事件。待ち合わせのホテルで待てど暮らせど、二人はやってこない、成田からモスクワ経由のアエロフロートでベルリンに午後8時過ぎに着くはずだが、0時をすぎても来ない。アエロフロートのことだからきっとモスクワで足止めを食ってるんだろうと思い、就寝。

9月8日(日)

 店はどこも休みなので、鉄の写真を撮りに歩く。友はまだやってこない。午後4時頃ホテルへ帰ってみると、高鼾で二人は寝ていた。聞くと、想像通り、モスクワ行きが遅れてベルリンへ乗り継げなかったらしい。モスクワでは一睡もできず「アエロにはもう乗らない!」と二人。二人をホテルに残して僕はこの日もフィルハーモニーへ。RIAS室内合唱団のコンサートがある。ドイツの現代音楽のプログラム。ちょっと退屈。しかしレベルは高く、こういったプログラムでもちゃんと客が付くのには驚いた。

9月9日(月)

 この日は中学の同級生がシュターツテアター(州立劇場)のオケでバイオリンを弾いている、ブラウンシュバイクへ友人夫婦と3人で向かう。この日は地元の児童合唱団の稽古を見せてもらうことになっている。楽しみだ。この合唱団は年齢で3つのグループに分けられている。小学生のグループと中学生以上24歳までのグループの練習を見学。「団員の前で挨拶をしなさい」と言われたので、とりあえず、"GUTEN TAG!! MEINE NAME IST JUN NISHIMAKI. ICH BIN DIRIGENT FUER TAKARAZUKA KINDER COHR."とそこまではドイツ語で言った後、片言の英語でごまかした。よく海外へ旅行をする合唱団のようだったので、「次は是非日本へいらっしゃい!!」と言ったら、指揮者の人に後で「ほんとに行ってもよいのか」と言われて困ってしまった。練習は見るべきものがあった。カノンが練習の中に有効に使われていた。また、練習は繰り返ししつこくやることなく、音楽的な緊張感を損なわないように練習は進む。子供はどこでも同じ。喋る子は喋るし、練習中にジュースを飲み始める子もいる。あまりうるさいと、さすがに指揮の先生も怒るが、日本の子と違うのは、ずっとさぼっているわけではく、突然ちゃんと歌いだしたりする。良い意味で全て自分が中心なのだ。そして、小さな子でも自己管理ができるのだ。

9月10日(火)

 第3の事件発生。最終日に泊まるホテルのバウチャーをなくしてしまった。今回ホテルは全て自宅からファックスで直接予約をしていたが、最終日だけは日本の旅行者に頼んでとってもらっていた。日本に帰っているVに電話をして、旅行者にバウチャーのコピーをホテルにファックスしてもらうよう依頼。本当にものをよくなくす。午前中ブラウンシュバイクの市内を見た後、再びベルリンへ。旧東ドイツ地域はどこも工事の真っ最中。なんとなく、震災から復興する神戸の街と重なって見える。でも、元の街に復興する神戸と、旧東の人たちにとって全く違った街になるのとは大違い。ハードは後5年ほどで完成するだろうが、はたして真の新しいベルリンはいつになったらできるのだろうか…と考えてしまう。この日はフィルハーモニーでブラームスのドイツレクイエムがあった。これは相当なレベル。演奏会が終わったのが午後10時過ぎ。0時前の汽車でブラウンシュバイクのホテルへ帰ったのは午前2時半。

9月11日(水)

 この日は同級生の車で旧国境へ、壁の残骸を見に行く。東ドイツの監視塔が残されていたり、その壁を境に親類が引き裂かれていたりしたのを想像すると、何とも言えない気分。統一の時の様子を彼女から聞いたりすると、その気持ちはよりいっそう深いものになった。彼女の家へ戻り、中華三昧をごちそうになってから、今回の大仕事、彼女のバイオリンを日本に持って帰ることになっていたので、300万円もする大事なバイオリンを預かってフランクフルトへ。なくしたバウチャーのこともコピーがあったので一件落着。無事チェックインできた。しかし、ブラウンシュバイクのホテルにパジャマのズボンを忘れてきてしまった。

9月12日(木)

 いよいよ帰国する日。午前中フランクフルトの市内を歩いて以前に行ったことのある鉄模屋を探すが、見つからなかった。11時頃ホテルを出て、空港へ。見慣れたドイツの風景ともしばらくさよなら。今度はいつ来れるだろうか。わずか11時間ほどで大阪へ。またドイツが好きになった。