●"火の鳥"《ヤマト編》ってどんな話?


あらすじ

日本人が歴史を持ちはじめた時代を舞台とした、手塚治虫のライフワーク『火の鳥』の第3部です。
5世紀ごろの日本。ヤマトの国の王子オグナは、父の命令で、九州のクマソ征伐に出発しました。
しかしオグナには、実はもうひとつ別の目的があったのです。それは、父の死によって殉死のいけにえとなる人々を救うために、飲むと不老不死になるという”火の鳥の生き血”を手に入れることでした。
クマソの国に入ったオグナは、クマソの王タケルの人格に惹かれ、また彼の妹カジカと恋におちます。
しかし、オグナの前に現れた火の鳥は、彼にタケルを殺してヤマトへ帰ることを命じたのでした。
火の鳥の血を布にしみこませ、それを持って国に帰ったオグナは、王の墓づくりや殉死をやめさせようとしますが、失敗し、自分も生き埋めにされることになります。
オグナは、殉死させられる人々に火の鳥の血をなめさせ、生き埋めになった後も、土の中から、殉死に反対する歌を歌い続けるのでした。

作った人たち

手塚治虫(1928年11月3日 - 1989年2月9日)は20世紀を代表する漫画家です。大阪府豊中市に生まれ、兵庫県宝塚市で育ちました。医学博士の学位を持って、日本のテレビアニメの先駆者、漫画の神様と呼ぶ者もいます。
”火の鳥”は手塚のライフワークとも呼べる作品群で、漫画家として活動を始めた初期の頃から晩年まで書き続けられています。古代から超未来まで、地球(主に日本)や宇宙を舞台に、生命の本質・人間の愚行・愛が、手塚治虫自身の思想を根底に壮大なスケールで描かれています。ストーリー漫画の極みともいえるこの作品に、多くの漫画家が衝撃を受けました。
一方作曲の青島広志(1955 -)は東京生まれ、東京藝術大学大学院を首席で修了。修了作品の「黄金の国」は藝大図書館に購入されています。作曲家の他にもピアニスト・司会者・イラストレーター・少女漫画研究家として活躍し、テレビへの出演も多いマルチタレントです。
東京藝術大学・都留文科大学各講師、東京室内歌劇場運営委員、日本現代音楽協会、作曲協議会会員。オペラ「火の鳥」は青島1985年の作品。(初演は東京室内歌劇場)

もう少し詳しく

プロローグ

(鼻彦、耳彦、大君、長男、次男、三男、オグナ、合唱)
墓の番人、鼻彦と耳彦が座っている。生気はない。ゆったりした8分の6拍子で呟くように歌う。
そこへ鉄腕アトムのメロディーに乗って、ヤマトの大君と長男から三男までが登場。大君は、自分にとって不利益な日本の歴史(実はそれが真実なのだが)を記録しているクマソを征伐するために、息子のいずれかを行かせようとするが、三人の王子たちはそれぞれに大君を称える歌を歌いつつも、その役割を弟に押し付けようとする。
三人の兄たちの一致した意見は四男のオグナにその役割を担わせようとするもので、大君もそれを了承する。オグナは大君の墓の人柱に生き埋めになる多くの人たちの命を救うために、その血を飲むと永遠の命を与えられるという、クマソに生息する"火の鳥"を捕まえることができることを知り、しぶしぶ了承する。

1章 火の国の王 クマソタケル

(合唱、歌姫、タケル)
一方ここは九州は火の国クマソの館。栄華を誇るクマソのパーティーが開かれている。人々や歌姫はクマソを称える歌を歌う。
また、クマソタケルはアリアを歌う。九州の広大な自然を描写するような、スケールの大きなアリアである。

2章 カジカ

(カジカ、タケル)
そこへタケルの妹カジカが登場。カジカは心優しい兄を勇敢さがないと嘆き、兄に喧嘩を売ろうとするが、やはり力では兄にはかなわない。

3章 ヤマト・オグナ

(オグナ、鼻彦、耳彦、カジカ、火の鳥、タケル)
ヤマト・オグナは鼻彦と耳彦を伴ってクマソに到着。三人で気合を入れようとするが、九州の自然の美しさに圧倒され、かえって心細くなる。
そこへカジカが現われ、お互いに惹かれあうが、カジカは警戒心を持っている。
火の鳥が姿を見せる。オグナはその生き血を持ち帰ることで多くの人たちを救うことができると説明するが、カジカはそんな無駄なことはやめろ、とオグナに話す。
オグナとカジカの会話に人々は気付き、ヤマトの軍勢がたった3人であることをバカにする。
心優しいクマソ・タケルはオグナに自分の宮殿の中で休むことを提案するが、さすがにオグナも敵の宮殿の中で休むことはできないと断る。

4章

第4章はいわゆるダンスミュージックであるが、今回は割愛する。

5章 夢

(オグナ、鼻彦、耳彦、大君、長男、次男、三男)
鼻彦、耳彦とともに3人で野宿をしていると、オグナの夢の中に大君と三人の兄が登場する。ベートーヴェンの第九交響曲の有名なメロディーも登場するコミックソング。その前に配置された果てしなく美しい"夢"のメロディーとは好対照を見せている。このあたりの見事さは青島広志ならではというところか。

6章 火の鳥

(火の鳥)
大君と三人の兄のあまりの自分勝手な言動にほとほと嫌気の差したオグナは自分の夢の中の彼らを消し去ろうとでもするかのように、一心不乱に笛を吹く。
その美しさに火の鳥はオグナに語りかける。火の鳥は「決められた一生の間に生きる喜びを見つけることが幸せ」と説く。

7章 オグナとタケル

(タケル、オグナ)
オグナとタケルの二重唱。オグナはその大らかで優しいタケルに惹かれていく。オグナはタケルに火の鳥の生き血を持ち帰ることで多くの人を救うことが本来の目的だとタケルにうちあける。

8章 おじい

(タケル、おじい、オグナ)
タケルはクマソの長老"おじい"をオグナに会わせる。おじいは自分の身の上話をオグナに語って聞かせる。
クマソの民族がどのように火の鳥を大切にし、自分がその血を飲むことでではなく、その存在が自分にとっての生きる力になったかを話す。
おじいは言う。「生きているうちに生きがいを見つけることが何より大切なこと。」
オグナは自分が何をすればいいのか、いよいよわからなくなってきた。

9章 カジカとオグナ

(カジカ、オグナ)
お互いに相手を意識してしまったカジカとオグナの二重唱。二人で愛のダンスを踊る。この部分の音楽は青島自身の作品「星から届いた歌」の引用。
お互いの愛を確認したところで、音楽は変わり(青島曰く"ベッドシーン"だそうです)カジカはオグナに「クマソに残って自分と結婚して欲しい」と頼むがオグナは同意しない。

10章 火の鳥とオグナ

(火の鳥、オグナ)
迷った時にはオグナは必ず笛を吹く。"火の鳥"はたいそうその笛の音が気に入っている。笛の音にかぶさるようにシチリアーノが演奏されるがこれも青島の自作、「オリンポスは笑う(ピアノ連弾)」の引用。
火の鳥はオグナにヤマトへ帰ることを命じる。

11章 タケルの死

(合唱、タケル、オグナ、カジカ)
長老おじいがついに死に、モーッアルトのレクイエムの引用の音楽が奏される。葬儀も終わった夜、変装してタケルに近づいたオグナは、持っていた短剣でタケルを刺す。それでも、息絶える瞬間までタケルはオグナを恨まない。それどころか、自分の心に誠実に生きたオグナを称え、自分の名前「タケル」をオグナに与えて息絶える。
そこへ現われたカジカは異変に気付き、オグナによってタケルが殺されたことを知る。
オグナはヤマトへ帰り、カジカもそれを追おうとする。

12章 逃亡と追跡

(カジカ、合唱)
カジカは復讐を誓う。クマソの兵士たちも同様にオグナを追おうとするが、火の鳥が山に火を放つことでそれを攪乱する。
カジカは自分ひとりでオグナを追うことを決意する。

13章 火の鳥 そのⅡ

(火の鳥、オグナ)
火の鳥は自分の生き血をオグナに与え、ヤマトへ帰ることを命じる。オーケストラによって奏されるタイの付いた3連音符はまるでオグナを後押しするようである。

終章 ヤマト

(合唱、大君、長男、次男、三男、鼻彦、耳彦、オグナ、カジカ、なぜか歌姫、おじい)
場所は再びヤマト。そこではタケルの首を討ち取って帰ったオグナを称える盛大な会が催されている。(ウィリアムテルの引用)大君や三人の兄たちもその輪の中にいるが、実はオグナが自分たちにとって不都合な「正しい日本の歴史」も一緒に持ち帰ったことに心中穏やかではない。
大君はとりあえず、自分の墓の完成までもう少しがんばれ!と相変わらず身勝手な演説を繰り返す。
追手のカジカも間もなく到着する。カジカはオグナを殺そうとするが殺せない。二人は抱き合い、二人で大君の墓の計画を壊そうと決意するが、それを三人の兄に聞かれてしまい、二人とも墓に埋められてしまうことになる。
ついに大君の臨終の時がやってきた。大君は自分のやってきたことのバカバカしさにようやく気付くが、時すでに遅し。「バカは死ななきゃ直らない」と言って息絶える。
大君の墓の中。多くのいけにえと共に、オグナ、カジカも埋められている。ようやくここで二人は結ばれることになる。"ウェストサイドストーリーのSomeday Somewhere"の引用で最後の美しいメロディーがオグナとカジカによって歌われ、合唱もそれに呼応する。
相変わらず鼻彦、耳彦は墓の番をしているが二人はこのオペラ冒頭で演奏される8分の6拍子のメロディーを再び演奏する。それはあたかも、大君は死んでも同様の過ちを犯す人間は再び現われる・・・と、まるで人間の愚かさを示しているかのように。最後は弦楽器の七度の和音が不気味な静けさを持って演奏され、オペラを閉じる。